私の韓国

はじめに

何かが違う。現在の日韓関係を見ていてそう思います。20年ほど前、あるきっかけからソウルの國民學校(我が国の小学校)の教師達と知り合い、何度かソウルを訪れ、また彼らも来日すると我が家で泊まって行きました。そのときのソウルの教師達や街で出会った親切なおばさん達と、今の対日憎悪丸出しの韓国人とが同じ人種とは思えないのです。この20年、時の政権によって対外政策は変わって当然ですが、国民感情まで手のひらを返したように変わるものでしょうか。ある朝妻の顔を見ると全く別人に変わっていた。ほとんど恐怖です。

 

銭湯の出来事

終戦直前の古い話です。私には全く記憶がございませんが、亡き母のハナシです。私の家から朝鮮人部落というところを通って銭湯へ行きます。私がようやくひとり遊びが出来るようになったので、母は安心して髪を洗っていたのですが、後ろで私が「オフネ、オフネ」と独り言を言っているのを聞き流していたそうです。髪を洗い終えてふと私を見ると、なんと朝鮮靴を湯船に浮かべて遊んでいたのです。そういえば確かにオフネに見えます。驚いた母はすぐに靴を取り上げ、タオルできれいに水分をぬぐい入り口に行くと、朝鮮人のおばさんが「ワタシ クチュ ナイヨ トコ イッタ」。何人かの女性客が探し回っているところでした。すみません、と平身低頭し子供が湯船に湯船に浮かべて遊んでいた、と言い訳をすると女性達大爆笑。朝鮮人のおばさんは「コドモ ワルギナイネ オコッタラアカンヨ」と許してくれたそうです。

私の父は警察官で、住んでいたのは幹部官舎だったそうです。と言うことは植民地政策により朝鮮人に塗炭の苦痛を与えている日本帝国官憲と、被害者の朝鮮人が同じ湯船で文字どおり裸の付き合いをすることに、どちら側も抵抗がなかったのでしょうか。

 

前略中略

終戦の年の5月に父が病死しました。6月だったか7月だったか、母は国民学校1年生の私と弟を連れて郷里へ帰りました。大阪空襲の数日後だったと思いますが、汽車の車窓から見える大阪の町は焼け野原、所々に墓の石碑が残っていて不思議だなと思いました。今思えば焼夷弾で焼き尽くしたので石は焼けなかっただけのことですが。初めて見た父の実家はとんでもない超ど田舎でした。ここで私は高校3年まで過ごします。直接朝鮮人と接する機会は亡かったのですが、通学途中、近道の朝鮮人部落は通らないように、と言われていました。危ない、というのです。朝鮮人部落の中を通って買い物に行き保育園に行き国民学校に通っていた私にとって、訳がわかりませんでした。「朝鮮人と言ったら殺されるぞ。」「どう言うんですか。」「朝鮮の人、と言いましょう。」アメリカ人、ドイツ人、フランス人、朝鮮人だけは朝鮮の人、なんでや。終戦直後、在日朝鮮人が何故か戦勝国となり、各地で暴動を繰り返していたことなど、超ど田舎の私は知りませんでした。

 

料金徴収システム

ソウル地下鉄駅。その時はブラジル人と一緒でした。面白い光景を見ました。ホームの端に木製の机。その上に新聞と紙製の料金箱があって、乗客は料金箱にチャリンと硬貨を放り込み新聞を持って行く。しばらく見ていて私は言いました。「全員お金入れてますね。日本ならお金入れずに新聞持って行く奴がいるかもしれませんね。」ブラジル人は言いました。「ブラジルなら机ごと持って行くだろうね。」

次は有料道路の話。出口の左側に直径2メートルくらいの金網のザルが置いてあります。高速道路を通った客は出るときにカゴの中に硬貨を放り込みます。おおかたのドライバーはほとんど停止するくらいの速度まで落として硬貨を放り込んでいましたが、中には離れ業がいます。ほとんど速度を落とさないでビューンと投げてチャリン。バスケットの選手かな。韓国の友人に聞くと10%ほどお金を入れないドライバーがいるとか。よく日本はすばらしい、という理由に野菜の無人販売があります。誰も見ていなくても料金を入れるので民度が高いとお世辞を言う外国人もいるようですが、あれはウソです。私の知人に野菜の無料販売所を作っている人がいますが、消えた野菜の半額くらいの金額しか入っていないそうです。同じく私の友人で早い時期に婦人下着のネット販売を手がけた人がいます。代金は全部回収できますか、と聞くと2%は回収できないと言いますので、ならやめたら?と言いますと彼は言いました。「店頭販売でも2%は消えてなくなるので同じです。」

世に盗人の種は尽きまじ、と石川啄木?が詠んでいるように、古今東西泥棒(詐欺を含む)は存在するのです。他国の人が褒め殺しで言うのは勝手ですが、日本人が調子に乗って「日本にはドロボーがいない。」なんて言えばたちまちにして足下をすくわれますのでご用心を。民度として捉えるならば、それが社会現象かどうかの問題、つまりトラックが転倒したら近隣住民がそれっとばかりに集まって積み荷を奪っていくとか、天災事変に際して町中の人たちがたちまち泥棒化し、スーパーから商品を略奪するとか、そんな状況があるかないかの問題です。

 

2度の遺失事件

参った参った。焼き肉屋さんでしこたま眞露を飲んだところ酔っぱらってしまった。私は相当飲んでもへべれけにはならない、足はもつれない自身があったのですが、完全に酔っぱらい。その時はホテルでしたが帰ってからバッグがないことに気づきました。すぐに焼き肉屋さんに電話したのですが忘れ物はなし。中にはパスポートも入っているので、次の日に領事館に相談に行こうと思って寝ました。次の朝早くボーイさんがドアをノック。出てみると「お客様のバッグが届いています。」聞いてみると焼き肉屋さんにはなかったのですが、閉店後店員さんがひょっとしたら、と思って店の前の歩道と車道の間の植え込みを覗いて見たらバッグが見つかった。悪いけれど、中身を調べたら宿泊先が判ったので早速届けてくれたと言うわけ。感謝感激でした。

2度目は何故かパスポートだけを遺失。というか遺失したことにも気づかなかったのです。例によってボーイさんがノック。子供が公園で遊んでいてこんな物拾った、と母親に届け、母親は貴重品として警察に届け、警察官がホテルに届けてくれた、という次第。そんなはずは?とバッグの中身をひっくり返しましたがやはり紛失していました。感謝感激ですが、パスポートだけ見てなぜホテルが判ったのだろう?私にとっては今もミステリーです。中国のネットを見ていますと、日本でお金を落としたがすぐに返ってきた。日本はすばらしい、と持ち上げてくれていますが、韓国も褒めてあげて下さいよ、悪口ばっかり言わないで。

 

生徒が先生をお迎え

何の用があって行ったのか記憶にございません。朝早くソウル市内の有名女子高校を訪れました。校門には数人の学生が丁寧に出迎えてくれました。私たちのために朝早くから登校してくれて、申し訳ないです、と言うと同行していた先生が言いました。「アホか。私たちではない。出勤する先生をお迎えしているんです。日本と同じではないか。」「いや・・・その・・・まあ・・・・」

「日本では先生が生徒をお出迎えするのです。」とはどうしても言えませんでした。

 

それって日本の風習や

ひとりでソウルの地下鉄に乗りました。シートは満席でした。普通に乗車してつり革に捕まって立っていました。すると、目の前に座っていたご婦人が無言で両手を差し出したのです。???・・。でも、子供の頃の記憶が瞬時に甦りました。そうです。公共の乗り物では、お互いに知り合いであろうがなかろうが、座っている人が立っている人の手荷物を預かって膝に載せるのです。きわめて当たり前仕草だったのです。何十年もタイムスリップして目の前にそれが現れたのです。現在の我が国でそんな風景は全く見られませんので、よく守っていてくれた、と感慨ひとしおでした。

これで終わったわけではありません。駅が近づくとご婦人は私のバッグを差し出しました。次で降りる、という意思表示です。駅で停車し、ドアが開きました。ご婦人は席を立ちました。その空いた席に私は座ろうとしましたが、一瞬躊躇しました。なにか、座ってはいけないような空気を感じたのです。私の横に立っていた男性が今開いたドアの向かって行き、乗って来たばかりの老人の手を引いて私の前の空席に案内したのです。座らなくてよかった!赤っ恥を掻くところでした、日本人として。

この話をするとおおかたの人が「儒教の國だからね。」で一蹴。そんな問題ではないような気がするのですが。

 

チジミ屋のおばさん

ソウルの新築開店ホテルが客を集めていたので、ご近所の人と遊びに行きました。こんな時、私のイジワル根性が出てきます。真っ先に水回り、たとえば浴室の床の「角」を見るのです。想像どおり、新築なのにパテで補修してありました。ここまでは余談。

夕食後、知り合いの詩人の女性の案内で街に出ました。今食べたばかりなのにあのチジミの香りを感じると無性に食べたくなる。小さなめし屋風の店は年配のおばさんがひとりでやっていました。3人でチジミを注文し美味しくいただいたのですが、食事後なので食べ残しました。「食べ残してごめんね。」と言って出ようとしたところ、おばさんは「ちょっと待て。」少し大きめのビニール袋を持ってきて食べ残したチジミを放り込み、一度しっかりと袋を結わえ、その上に今度はタレを注ぎ、もう一度しっかり結わえたのでひょうたん型になりました。「ホテルに帰ってしゃべっていたら夜中になる。そうするとおなかが減る。そのときに食べなさい。」と言うのである。お礼を言ってめし屋を後にしました。おばさんの予言どおり夜中に腹が減り、冷えたチジミを分け合って食べました。今まで食べたチジミの中で一番美味しかった。味もタレも美味しかったのですが、その上におばさんの気持ちがしみこんでいたからです。おもてなしの原点を見たような気がしました。

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