被害者供述の信憑性

たまたま平成24年の強姦事件に関する最高裁判決が目にとまりました。判決は、被害者の供述が「容易には信じがたい」として被告に無罪判決を言い渡したものですが、その判決についての千葉勝美裁判官の補足意見が、何となくいわゆる従軍慰安婦問題の核心部分を言い得ているように思えたのです。

 

以下、一部を引用しますが、その中で被害者を「元従軍慰安婦」(以下「慰安婦」と表現します。)、被告を「日本国」と言い換えて()で括ってみました。

 

一般に、被害者の供述は、それがいわゆる狂言でない限り、被害体験に基づくものとして迫真性を有することが多いが、そのことから、常に、被害者(元従軍慰安婦)の供述であるというだけで信用できるという先入観を持ったり、他方、被告人(日本国)の弁解は、嫌疑を晴らしたいという心情からされるため、一般には疑わしいという先入観を持つことは、信用性の判断を誤るおそれがあり、この点も供述の信用性の評価に際しての留意事項であろう。

 

ぴったり当てはまりませんか。本人が言っているんだから間違いない。それだけで被告人たる日本国を有罪にされてはたまったものではありません。20万人もの一般女性が暴行脅迫により日本官憲に強制連行されたのですから、1件でも発生すればその時点で事件として処理されるはずで、スマラン事件が発覚したのはまさに戦時中でした。強制連行された慰安婦や、それを救おうとした朝鮮人巡査、目撃者などなどの証言記録が少なくとも数千通はあってもおかしくないし、日本大嫌いの李承晩時代も、日韓平和条約に向けて数年間協議を重ねている間にも元慰安婦は名乗り出ず、1990年代になって突如天から降って降りたように慰安婦問題が出てきこと自体、不自然極まりないのです。朴 槿惠大統領、スリランカのクマラスワミさん、アメリカのマイクホンダさんには、疑わしきは被告(日本国)の利益に。」という法理念は通用しないようです。

 

意見はさらに続きます。

裁判官は、訴追者側の提出した証拠が有罪認定に十分なものか否かといった観点から、公正かつ冷静に証拠の吟味をすべきであって、社会的、一般的な経験則や論理則を用いる範囲を超えて、自己の独自の知見を働かせて、不十分、不完全な証拠を無理に分析し、つなぎ合わせ、推理や憶測を駆使してその不足分を補い、不合理な部分を繕うなどして証明力を自らが補完して、犯罪の成立を肯定する方向で犯罪事実の認定を行うべきものでないことは当然である。

 

同年9月2日の韓国聯合ニュースによると、朝日新聞の、慰安婦関連記事取り消し事件のあと、外交部のノ・グァンイル報道官は韓国政府の立場で、「慰安婦動員の強制性を立証する証拠は数え切れないほど多くある」として「最も確かな証拠は、被害者のお婆さんたちの証言だ」と返答。日本のマスコミから再度、証拠を求める質問が出ると、「最近、中国で戦犯の供述書を公開した。 その内容にも詳細に記録されている」と話した。 とのこと。

証拠はありません、と言っているよう見えるのですが。

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